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2024年4月5日南海遊『永劫館超連続殺人事件』感想

 注:ネタバレ含む

 少し前に新刊のミステリを2冊読んだ。そのうちの一冊は南海遊『永劫館超連続殺人事件』という小説だ。著者初めての本格ミステリへの挑戦らしいが初めてとは思えないくらい良く練られた構成に驚いた。良い本格ミステリだという感触の反面、モヤモヤする部分があったのは確かだ。

 『永劫館超連続殺人事件』、帯にある「館」×「密室」×「タイムリープ」と言うだけあって、それぞれの要素が単独ではなく要素同士が結び付いたクオリティの高い作品だったのは間違いない。全てが伏線のような無駄のない構成とテンポの良い進行は読者としてはストレスが無くとても読みやすいものだ。しかし、その反面、舞台となる物語が軽く感じてしまう印象を受けてしまう。(これはゴシックと本格ミステリを融合させた『涜神館殺人事件』(手代木正太郎)という作品でも感じたことと同じである。()

 魔女リリィの願いも、ヒースの兄妹愛も何故だか僕には薄っぺらく感じてしまう。それは物語が希薄に感じるだけでなく、タイムリープという設定が持つ副次的な問題にあるかもしれない。失敗してもタイムリープで何度でもやり直すことが出来るような。それを逆手に取ったラストも感心することはあっても感動は出来なかった。

 僕が本作で一番好きな登場人物は憎まれ役の探偵ジャイロ・ダイスだ。そこに謎があるなら解き明かさなければならないという、探偵の性とでも言うようないかにもな性分を持ち合わせている。もちろん探偵としての能力も申し分がない。ただ、本作の真の探偵役であるヒースとは明暗対称的に描かれている。過去の事件に執着するあまり触れられたくない個人のプライバシーをあばき、晒すことに遠慮がない陰湿で嫌な人物だ。僕がこの作品で気になることはジャイロ・ダイスという探偵についてだ。

 密室と首切りの謎がある。その謎の要請はなんだったか。それは下手にコーデリアを殺害すると探偵であるジャイロに見抜かれ拘束されるという理由からだ。それを防ぐための犯人と被害者の共犯関係、倒錯した密室と首切り。タイムリープを逆手にとったアイディアと言えるが、個人的には本末転倒な気がしなくもない。何度でもタイムリープを繰り返すヒースとリリィより、密室と首切りの真相に気づいたジャイロの「──コーデリア・ブラッドベリの死は他殺であり、事故死であり、自殺であり、或いはその多重構造がもたらした結果である」というセリフの方がよっぽど真に迫っているように感じられた。

 また、ジャイロが解き明かしたヒース家で起きた過去の事件。ヒースの父セオドアの自殺の真相についても、手を下したのは母親であり、俺は手を下してはいないというヒースの主張、ヒースを守るための策と、ヒースを物語から落とさないてこ入れがどうにもご都合主義に思えてしまう。そして、ジャイロの長年追っていた事件を解き明かしたカタルシスは作者によって強制的に没収させられてしまうのだ。

 と、少し変な目線での感想になるのは、僕が本格ミステリにおける「探偵」と「謎解き」にこだわってしまうからであり、そこは否定しない。この物語にはその残酷な事件の様子と相反して明確な悪意は存在しない。そして真相を知った上でもう一度読むと物語の見方が変わる。著者が仕掛けた「世界の反転」はたしかに成立しているかもしれない。ただ、僕としてはこの憎まれ役で謎を成立させる要請のために登場したジャイロ・ダイスという探偵の視点で描かれた永劫館超殺人事件という物語が読みたかったのかもしれない。

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